Documents / Document

広報かみす No. 409 feature

Kamisu City · 2024-03-01 · 5 pages · text by GLM-OCR

No summary written yet.

Read from the scan by GLM-OCR; expect the odd misread word.

『漂流記集』に描かれたうつろ舟(部分、西尾市岩瀬文庫蔵)

『鹿島郡京舍ヶ濱漂流船のかわら板ずり』。史料の文中、中央やや右側に「舍ヶ濱」の文字が見える(船橋市西図書館所蔵)

『水戸文書』(個人蔵)。描かれた女性の姿と蚕霊尊の特徴が酷似。金色姫伝説との関連性が高まった

いる田中さんは、私たちの身近なと

ころで一体どんな発見をし、うつろ

舟の謎に迫っていったのでしょう。

そのワークするエピソードを紹介

します。

田中さんがつろる舟奇談の研究を始めたのは1998年ごろ。調査を進めるほど謎解きの面白さに魅了され、2009年には『江戸うつろ舟ミステリ』を出版しました。すると翌2010年、水戸に住む読者から、関係のある古文書を所有していると連絡が入ります。これが『水戸文書』で、後に驚きの発見へとつながります。

さつそく水戸へ行って現物を調査

し、その帰りに神栖市の星福寺に立

ち寄ったそうです。滝沢馬琴が星福

寺の養蚕信仰のお札を書いており、

その版木を確認するのが目的でした。

さんれいそん

「その折、蚕霊尊(金色姫立像)を

写真に撮らせてもらいましたが、当

時はうつろ舟奇談が金色姫伝説に関

連することは考えておらず、特に詳し

く調べませんでした」

神栖市日川地区は、6世紀中頃に

金色姫が天竺(今のインド)から養蚕

を伝えた、日本の養蚕発祥の地と伝

えられています。蚕霊山千手院星福

寺に伝わる金色姫伝説は、584年

(欽明帝13年)に金色姫が流木に乗つ

て日川に流れ着き、発見した漁師に

養育され、後に変化し、白い蚕に生

まれ変わって人々に養蚕を伝えたと

いうものです。

さて、岐阜に帰った田中さんは、蚕

霊尊と水戸文書の写真を眺めていた

とき、驚いて思わず声を上げました。

星福寺の蚕霊尊(金色姫立像)と厨子

About this file

Document, cited by the archive. The PDF is mirrored here; the original link is above. The text was read from the page images by GLM-OCR; expect the odd misread word. 5 pages are in the text index: search them above, or from the library's search.